2013年6月6日木曜日

「ビーフストロガノフのビーフは牛肉という意味ではない」という風説

Twitterでたまたま「ビーフストロガノフの”ビーフ”は元々ロシア語の”ベフ”で〜風という意味の接頭語だと知り驚いた」という旨の発言を見た。
 なるほど、カタカナで伝わると本来の意味からずれてしまうような事もあるかも知れない、と思いつつソースがどこか確認しようとしたのだが、これといったソースがなかったので、まず日本語のWikipediaでビーフストロガノフを調べてみたところ、確かに「そういう説もある」というような事が書かれていた。

念のため他の言語でも調べてみようと思い、英語のBeef Stroganoffを調べてみたが、そちらにはその情報が載っていない。こうなるとやや眉唾だ。
さらにロシア語のWikipediaでБефстроганов(ベフストロガノフ)を検索。
さすがにこれは読めないので、Google翻訳を使って確認したところ書いてある内容はほぼ英語版と一緒だった。しかし、材料の欄を見たところговядина(牛肉)と書かれている。

строгановはストロガノフなので、Бефはベフと読むのだろうが、ではこれはどういう意味になるのだろう? GoogleでБеф(ベフ)検索すると、圧倒的にБефстроганов(ベフストロガノフ)が出てくる。

次にストロガノフを除外しБеф -строгановで検索したところ、Бёф бургиньонという料理が出てきた。英語で表記するとBeef bourguignon(ビーフ・ブルギニョン)、ブルゴーニュ風牛肉の煮込みだ。
これも材料がговядина(牛肉)と書かれている。またしてもБефは謎だ。

しかし、日本語のWikipediaに書かれているようにБефが本当に〜風を意味する接頭語であるなら、もっとたくさん検索に引っかかるはずだ。しかしWeb上のロシア語辞書を調べてもそれは出て来ない。 

しかし、ヒントもあった。ビーフストロガノフのロシア語の説明にはБефстроганов(Bœuf Stroganoff)と書かれている。括弧内はフランス語だ。 そして、ビーフ・ブルギニョンも同様にBeef bourguignon(Bœuf bourguignon)と書かれている。こちらはブルゴーニュ風と書かれている通り、明らかにフランス料理だ。 フランス語のWikipediaでBœuf Stroganoffをチェックしてみたところ、英語やロシア語よりも記述はあっさりしていたものの、ビーフストロガノフの名前の起源の一つの説としてフランス料理のシェフ、パベル・アレクサンドロヴィッチ・ストロガノフ(Pavel Alexandrovitch Stroganov)という名前が挙がっていた。 

こうやってなかなか調べていくとキリがなさそうなのだが、世の中にはやはり同じような疑問を持つ人がいるもので、その後すぐにこんなblogを見つける事が出来た。
私よりもずっと丁寧に、情熱を持ってエントリを書かれている。

  Stack-Style ビーフストロガノフの蛇行

この内容には非常に納得出来る。あくまで推論の積み重ねなので、100%事実とは断定できない。しかし、ベフ=~風説に対してこういった裏付けは調べてみた限り皆無なので、Беф外来語説の方がだいぶアドバンテージがあると言えるだろう。

この「ビーフストロガノフのビーフは牛肉という意味ではない」という風説だが、2011年にも同じような話が広まった形跡がTwitterにあり、最後はやはり上記のblogの記事で締めくくられていた。これに限らず、Web上には様々なクラスタが形成されているので、同じような話題は浮かんでまた消えていく。
面白かったのは「ビーフストロガノフのビーフは牛肉という意味ではない」という風説に対し「ロシア語の辞書を調べてみたら確かにそういう意味だった」と、内容を裏付けるような発言をしている人まで存在していた事だ。しかし、上記のようにそんな単語は私が調べた限り存在しなかった。

なお、今回(2013年6月)の話の元は電子辞書にそのような記述があった、という発言にあり、それに対してはスクリーンショットも見せてもらった。私もこの話題を辞書で初めて見て知ったなら、疑わなかったかも知れない。無害な問題だから良かったが、これはなかなか恐ろしい話でもある。

こういったトリビアや、センセーショナルな話題は広がりやすい。
前のエントリでは「情報を拡散する前に考えたい3つの事」というような事を書いた。
しかし、今回調べてみて思ったのは、私がこうして情報元を当たったり調べたりするのは、倫理観や義務感などではなく、単純に自分で情報を吟味し、納得するという行為自体が面白いからに他ならないという事だ。

学習、研究というのもまた一種のエンターテインメントなのだ。

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